2015年 01月31日 日曜日 ← △ → topへ
16ы01§07Θ
+48
親がシチューを作ってくれた。作ってくれたは言い過ぎた。別に俺の
ためではない、親が食べるために作ったついでに、俺も食べていいとい
うような類のものである。自分はカレーには目がないしシチューにも目
がない。ぶっちゃけ、うちのカレーとシチューの違いはカレールーを入
れるかシチューのルーを入れるかであってそれ以外の中身はぶっちゃけ
変わらない、従ってどっちにも目がないのだ。自分の立場を考えれば、
一食分で後は遠慮するべきところだ。しかし大好物なのだ、しかも自分
は昼夜逆転中で、親が寝ている間に食事の機会がある。結論から言え
ば、親が一食分食べただけで残りは全部俺が食べてしまった。もうとて
も気まずいのだ。自己弁護をするわけではないが、一応、全部食べ切ら
ないよう待ったんです、親の朝食、昼食を。親が昼食を終えた後、鍋を
見たらシチューが残っていた。それは食べていいのかな?と思うじゃな
いですか。親の夕食を待ってられなかった。結果、俺が一食分であるべ
きところを親が一食分で終わってしまったのである。それに対し、親が
何も言わなくても「一人で食いやがってコノヤロウ」という思いはビシ
ビシ伝わってくる。立場的に非常に危機感を感じる。この危機感をバネ
に頑張らなければと思う。ただ、頑張るというのは間違いだと、この前
気づいた。この考えは誤解のないように追って説明したい。