勇気の旗高く 池田先生と岡山
2019年06月27日

限りなき前進の英雄たれ

「財宝の 心は倉敷 日本一 大景観は 世界一かな」――倉敷南文化会館を初訪問した池田先生。会館前に広がる瀬戸内海の大パノラマにカメラを向けた(94年11月30日)。本年は、訪問25周年の節を刻む

地区日本一の弘教
“まさかが実現”といわれた1956年(昭和31年)の「大阪の戦い」。当時、大阪支部に所属していた岡山地区の同志の活躍は、目覚ましかった。池田先生は、共に広布の歴史を築いた岡山の友に深い信頼を寄せ、「熾烈な戦いが、本物の師子を育てる。広布の激戦のなかで、鍛えられ、磨かれ、強くなったのが、岡山の誇りである」と述べている。
99年の随筆の中では、当時の様子をつづった。

いかに迫害があろうが、批判されようが、現実に「折伏を行ずる人」が、最も尊い。「法を弘め抜いた歴史」が、永遠不滅の功徳となり、生命を輝かせていくからだ。
いうまでもなく、その黄金の金字塔が、一九五六年(昭和三十一年)の五月、わが大関西の大阪支部が打ち立てた「一カ月で一万一千百十一世帯」の折伏であった。
創価の同志はもとより、日本の仏教界を「あっ」と言わせたのであった。
この時、九百九十九世帯という「地区日本一」の弘教を達成したのが、大阪支部所属の岡山地区である。
当初、岡山の同志は、「あと一世帯で千世帯だったのに」と、皆が悔しがった。
しかし、支部総体として「一」が五つ並んだ、すばらしき結果を見つめながら、皆は、壮大なる歴史の光に、深き喜びを実感していった。

創価の岡山城は、あの“常勝関西”とともに、厳然と建設された。汗と涙と歓喜の、偉大な信仰の曲とともに、誕生したのである。
ゆえに岡山には、力強く厳粛にわき上がる、幾千幾万の強き祈りの血が流れている。邪悪を断じて許さない、との正義の雄叫びが轟いている。


どこまでも征く!
中国・関西・四国を結ぶ要衝の岡山。友は師に続き、“広布の激戦地”へ勇んで飛び込んでいった。先生は、長編詩「金波の海に『幸のかけ橋』」の中で、その求道の心燃える行動をたたえた。

私は 忘れない
あなたたちの尊き偉業を
あなたたちの求道の決意を
そしてまた 健気にして
美しき その心根を

また中国の
大飛躍をもたらし
我が誉れの
永遠の歴史となった
山口広布の開拓の指導――
忘れ得ぬあの指導の日々
私は
この維新回天の地に立って
疾風のごとく
電光のごとく
あの町 この町を
駆け巡った

その私のもとに
喜々として
馳せ参じてくれた
親愛なる 岡山の同志よ
身なり貧しくも
信仰という“心の錦”は
まばゆいほどに輝いていた

「広布のためなら
どこまでも征く!」
何ものも恐れず
一瀉千里に突き進む
草創の同志の
ひたむきな一念
燃えたぎる真剣な
「求道」の気概
それこそが
偉大なる岡山の
また偉大なる中国の
福光の法城を築きし
原動力となる

岡山は常に中国広布の
電源の地であった
今 時は移り
時代は変わろうとも
この魁としての
使命と責務は
いささかも
変わることはない
いな 決して
変わることが
あってはならない

「限りなき前進の岡山」とは、1985年5月に発表されたモットーである。93年11月29日、8年ぶりに岡山を訪れた先生は、このモットーの通り、広布拡大に挑み続ける同志の奮闘を心から称賛。同日に行われた中国・岡山の旭日最高会議では、ナポレオンの将軍学を通して、リーダーの在り方をスピーチした。

「私の力は私の栄光による。私の栄光は私の勝利による」
ナポレオンは、「勝利」を続けてこそ、「栄光」と「力」が続くことを確信していた。ゆえに、彼は“仕事”と“改革”へ、生涯、突進した。
「仏法は勝負」である。広宣流布は勝負である。ナポレオンも他の英雄も、最後は敗れた。しかし、広宣流布の戦だけは絶対に負けるわけにはいかない。何があっても、創価学会は負けてはならない。
断じて勝つ。その勝利のなかにしか「栄光」はない。広布の勝利にしか、人類の幸福はない。
自分にとって、一家にとって、支部にとって、県にとって今、「勝利」とは何なのか。到達すべき、その揺るぎなき一点に向かって、まっすぐに前進せねばならない。まっすぐに闘争せねばならない。勝負は、勝つか負けるかである。中間はない。ゆえに戦いにも中途半端はない。

「攻めよ」とナポレオンは言った。
「塹壕の中にとどまっているほうが負ける。これが兵法の定説だ。体験からいっても、理論からいっても、この点には異論がない」
どんな完璧な要塞にいても、「守り」になれば負ける。「攻め」に徹してこそ栄光はある。“この砦は大丈夫だろう”と指導者が油断する時、すでに敗北は始まっている。
「攻め」の前進を避けてはならない。逃げてはならない。敗北も勝利も、まずリーダーの一念のなかから生まれる。

「決して落胆したりしないこと。それが将軍としての第一の素質である」
何が起ころうと動じない。「もう、だめだ」などと思わない。必ず「勝利即栄光」への突破口を開く。それが指導者である。それが信仰者である。
「絶望するのは愚か者だけ」という。いわんや大聖人の仏法は煩悩即菩提である。障害即前進のチャンスなのである。

人間賛歌の大橋を
岡山―香川間の五つの島を六つの橋で結ぶ「瀬戸大橋」。全長約9・4キロ。道路・鉄道併用橋としては世界最大級を誇る。先生は長編詩の中で、この大橋に触れつつ、岡山の同志に呼び掛けた。

さあ 行こう!
瀬戸内の
新時代の幕は開いた
松青き島々
金波 銀波のさざめく海
船出の旭日は 今日も昇る
生命の世紀
天空遥かに 弧を描き
人間賛歌の平和の大橋を
我らが手で架けゆくのだ

橋とは「結合」の証であり
シンボルだ
仏法の眼を開けば
自己も 他人も
社会も 世界も
依正は不二にして
縁起という見えない橋で
久遠よりの宿縁の絆で
互いに結ばれている

その生命の
本来の金橋をもって
分断と断絶
不信と反目の渦巻く
濁世の海峡に
「信」の橋梁を
無限に広げゆくのだ
人間と人間
そして
心と心を結びゆくのだ