第45回SGI提言2
☆核兵器禁止条約を早期に発効し
被爆地で「民衆フォーラム」を開催
続いて、誰もが尊厳をもって安心して生きられる「持続可能な地球社会」の建設に向けて、4項目の具体的な提案を行いたい。
第一の提案は、核兵器禁止条約に関するものです。
広島と長崎への原爆投下から75年にあたる本年中に、核兵器禁止条約を何としても発効に導き、“核時代と決別する出発年”としていくことを強く呼び掛けたい。
2017年7月の採択以来、これまで80カ国が署名し、35カ国が批准を終えました。条約発効に必要となる「50カ国の批准」を早期に実現するために、参加国の拡大の勢いを増していくことが求められます。
こうした中、アメリカとロシアの間で核軍縮の礎石となってきた中距離核戦力(INF)全廃条約(※注4)が失効するなど、核軍拡競争が、今再び激化しようとしています。
国連軍縮研究所のレナタ・ドゥワン所長が「核兵器が使われるリスクは第2次世界大戦後で最も高い」と警告するような状況に直面しており、核兵器禁止条約の発効をもって明確な楔を打ち込むことが急務であると思えてなりません。
世界の方向性を形づくる国際規範
現在のところ、核兵器禁止条約には核保有国や核依存国は加わっていませんが、発効によって打ち立てられる“いかなる場合も核兵器の使用を禁止する”との規定には、非常に大きな歴史的意義があります。
そこには何より、広島と長崎の被爆者をはじめ、核開発や核実験による被害を受けた世界のヒバクシャが抱き続けてきた“二度と同じ苦しみを誰にも経験させたくない”との誓いが凝縮されています。
その上、国連のグテーレス事務総長が核兵器の完全な廃絶は「国連のDNA」であると強調しているように、1946年に初開催された国連総会での第1号決議で核兵器の廃絶が掲げられて以来、核問題の解決を求める決議が何度も積み重ねられる中で、ついに実現をみたのが核兵器禁止条約だったからです。
また、核兵器禁止条約への署名と批准の広がりは、50年前(1970年3月)に発効した核拡散防止条約(NPT)と比べても、さほど変わるものではありません。
NPTの発効時の署名国は97カ国で、批准国は47カ国にすぎませんでした。
それでも、NPTを通じて“核兵器の拡散は許されない”との規範意識が次第に定着していく中で、核兵器の保有を検討していた国の多くが非核の道を選び取ったほか、南アフリカ共和国のように、一時は核兵器を開発して保有しながらも自発的に廃棄を果たし、NPTの枠組みに加わった国まで現れました。
核兵器の拡散防止も、NPTが発効するまでは「理想」の段階にとどまっていた。しかし、ひとたび条約が発効し、批准国が拡大することで、世界のあり方を大きく規定する「現実」へと変わっていったのです。
このように、最初の段階で締約国が十分な広がりを見せていなかったとしても、条約の発効には世界の新しい方向性を明確に形づくる影響力があるといえましょう。
新たな国際規範を設けることの意義について論じた興味深い考察があります。
核兵器禁止条約に先駆けて、核廃絶を実現するための草案としてモデル核兵器条約を97年に起草した、メラフ・ダータン氏とユルゲン・シェフラン氏は、論考の中でこう述べています。
「国際法と国際関係との領域の区分が、理想と現実とのギャップを示しているとすれば、モデル核兵器条約は理想を形にしたもので、NPTは現実を表しているといえよう」
「核兵器禁止条約は、この理想と現実の両方を体現したものだ。核兵器国の署名がまだないために理想ともいえるが、条約が存在するという点において現実である」と。
その上で両氏は、「条約への反対や軍縮への抵抗が実際にあるとしても、規範の価値とその発展を打ち消すものではない」と強調していますが、私も深く同意するものです。
今後の焦点となるのは、条約の発効によって打ち立てられる“いかなる場合も核兵器の使用を禁止する”との規定に対し、どの国であろうと揺るがすことのできない重みを帯びさせることではないでしょうか。
ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の国際運営団体の一つである「ノルウェー・ピープルズエイド」の昨年の報告書によると、核兵器禁止条約を支持する国々は135カ国にのぼるといいます。
加えて各国の自治体の間でも、条約の支持を表明する動きが広がっています。
2年前に始まった「ICANシティーズ・アピール」には、核保有国のアメリカ、イギリス、フランスをはじめ、核依存国のドイツ、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク、イタリア、スペイン、ノルウェー、カナダ、日本、オーストラリアのほか、スイスの自治体が加わっています。
その中には、核保有国の首都であるワシントンDCやパリに加え、核依存国の首都であるベルリン、オスロ、キャンベラも含まれているのです。
また昨年10月には、すべての国に核兵器禁止条約への加盟を求める「ヒバクシャ国際署名」が国連に提出されました。
広島と長崎の被爆者の呼び掛けで4年前に始まった活動で、創価学会平和委員会も運営団体として参画してきましたが、核保有国や核依存国を含む多くの国から1051万人の署名が寄せられたのです。
このようにさまざまな形で表れているグローバルな民意を、さらに力強く結集する中で、“核兵器の禁止の規範化”を大きく前に進めることが重要ではないでしょうか。
どの国の民衆にも惨害を起こさない
そこで提案したいのは、核兵器禁止条約の発効後に行われる第1回締約国会合を受ける形で、世界のヒバクシャをはじめ、条約を支持する各国の自治体やNGO(非政府組織)の代表らが参加しての「核なき世界を選択する民衆フォーラム」を、広島か長崎で開催することです。
「核なき世界を選択する民衆フォーラム」の開催を提案したのは、“どの国の民衆にも核兵器の惨害を起こしてはならない”との共通認識に基づく議論を民衆自身の手で喚起することが、核兵器の禁止を「グローバルな人類の規範」として根付かせるために欠かせないと考えるからです。
唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器の非人道性を巡る国際的な議論をさらに深めるための努力を重ね、核保有国と非保有国の橋渡しの役割を担うことを切に望むものです。
過去70年以上にわたって厚い壁に覆われ続けていた、核兵器禁止条約の交渉開始への突破口を開いたのは、2013年から3回にわたって開催されてきた「核兵器の人道的影響に関する国際会議」でした。
そこでの議論を通じて浮かび上がったのが、次のような重要な観点です。
①いかなる国も国際機関も、核爆発によって引き起こされた直接的被害に適切に対処し、被害者を救援するのは困難であること。
②核爆発の影響は国境内に押しとどめることは不可能で、深刻で長期的な被害をもたらし、人類の生存さえ脅かしかねないこと。
③核爆発による間接的な影響で社会・経済開発が阻害され、環境も悪化するために、貧しく弱い立場に置かれた人々が最も深刻な被害を受けること。
このように、「核兵器で守ろうとする国家の安全」ではなく、「核兵器の使用によって被害を受ける人間」の側から問題の所在が明らかにされていく中で、核兵器禁止条約の交渉開始のうねりが高まっていったのです。
☆人権法の中核をなす
「生命に対する権利」
核兵器禁止条約の採択後も、2018年10月に国連の自由権規約委員会が、“核兵器の威嚇と使用は「生命に対する権利」の尊重と相容れない”と明記した一般的意見を採択するという動きがありました。
「生命に対する権利」は、市民的及び政治的権利に関する国際規約(自由権規約)において、緊急事態であっても例外なく守られなければならない“逸脱できない権利”として位置付けられており、国際人権法の中でも際立って重要とされているものです。
国際人権法の中核をなす権利との関係において、核兵器の威嚇と使用の重大な問題性が明確に指摘されたことの意義は、誠に大きいと思えてなりません。
私の師である戸田第2代会長が1957年9月に発表した「原水爆禁止宣言」で何よりの立脚点にしていたのも、世界の民衆の生存の権利を守る重要性にほかなりませんでした。
核兵器禁止条約の第1回締約国会合の開催を受ける形で、「核なき世界を選択する民衆フォーラム」を行い、この「生命に対する権利」に特に焦点を当てながら、人権の観点から核兵器の非人道性を浮き彫りにする議論を深めていってはどうかと思うのです。
母と子が安心して暮らせる世界を!
また、民衆フォーラムの開催を通して、核兵器の禁止によって築きたい世界の姿について、互いの思いを分かち合う場にしていくことを呼び掛けたい。
核兵器禁止条約の制定にあたって、これまで核問題とは結びつけられてこなかったジェンダーの視座が盛り込まれたのも、長らく見過ごされてきた被害の実相を浮かび上がらせた女性の声がきっかけでした。
2014年12月に行われた第3回の「核兵器の人道的影響に関する国際会議」で、メアリー・オルソンさんが、核兵器使用による放射線の有害性が男性よりも女性に顕著に表れる事実を明確に示したことを機に議論が深まる中で、核兵器禁止条約の前文に次の一文が明記されるようになったのです。
「女性及び男性の双方による平等、十分かつ効果的な参加は、持続可能な平和及び安全を促進し及び達成することにとり不可欠な要素であることを認識し、女性の核軍縮への効果的な参加を支援しかつ強化することを約束する」と。
これは、核兵器の禁止を通して目指すべき世界のビジョンの輪郭を、ジェンダーの視座から照らし出したものといえましょう。
創価学会が長年にわたって発刊してきた広島と長崎の被爆証言集にも、多くの女性たちの体験が収録されています。
このうち4年前に発刊した『女性たちのヒロシマ』では、14人の女性による証言を通し、被爆の影響による後遺症などへの不安を抱える中で、結婚や出産をはじめ、女性であるがゆえに強く受けてきた偏見や苦しみが綴られています。
しかし、そのメッセージは“同じ悲劇を誰にも経験させたくない”との被爆者としての強い実感にとどまるものではありません。
副題が「笑顔かがやく未来(あした)へ」となっているように、“母と子が安心して平和に暮らせる世界を共に築きたい”との誓いが脈打っているのです。
核兵器禁止条約の普遍性を高めるためには、「人間としての実感」に根差した思いを多くの人々の間で分かち合うことが、重要な意味を持ってくるのではないでしょうか。
平和や軍縮に関心を持つ人だけでなく、ジェンダーや人権の問題、さらには家族や子どもたちの未来に思いを馳せる人たちをはじめ、国や立場の違いを超えた多くの民衆の支持が結集されてこそ、核兵器禁止条約は「グローバルな人類の規範」としての力を宿していくに違いないと確信するのです。
* * * * *
注4 中距離核戦力(INF)全廃条約
アメリカとソ連が初めて核兵器の削減に合意した条約。1987年12月に調印された。射程500~5500キロの中距離核戦力を全面的に禁止し、91年5月に対象兵器の廃棄が完了した。近年、新たなINFの配備を禁止した規定を巡って対立が続く中、昨年2月にアメリカが条約の破棄を通告。ロシアも条約義務の履行停止を発表し、昨年8月に条約が失効した。
☆新STARTの延長を基盤に
保有5カ国で核軍縮条約を
NPT再検討会議で実現すべき合意
次に第二の提案として、核軍縮を本格的に進めるための方策について述べたい。
具体的には、4月から5月にかけてニューヨークの国連本部で行われるNPT再検討会議で、「多国間の核軍縮交渉の開始」についての合意と、「AI(人工知能)などの新技術と核兵器の問題を巡る協議」に関する合意を最終文書に盛り込むことを呼び掛けたいと思います。
一つ目の合意については、アメリカとロシアとの新戦略兵器削減条約(新START)の延長を確保した上で、多国間の核軍縮交渉の道を開くことが肝要となると考えます。
新STARTは、両国の戦略核弾頭を1550発にまで削減するとともに、大陸間弾道ミサイルや潜水艦発射弾道ミサイルなどの配備数を700基にまで削減する枠組みで、明年2月に期限を迎えます。
5年間の延長が可能となっていますが、協議は難航しており、INF全廃条約に続いて新STARTの枠組みまで失われることになれば、およそ半世紀ぶりに両国が核戦力の運用において“相互の制約を一切受けない状態”が生じることになります。
この空白状態によって生じる恐れがあるのは、核軍拡競争の再燃だけではありません。
今後、小型の核弾頭や超音速兵器の開発が加速することで、局地的な攻撃において核兵器を使用することの検討さえ現実味を帯びかねないとの懸念の声も上がっています。
ゆえに、新STARTの5年延長を確保することがまずもって必要であり、NPT再検討会議での議論を通して、核兵器の近代化に対するモラトリアム(自発的停止)の流れを生み出すことが急務だと訴えたい。その上で、「次回の2025年の再検討会議までに、多国間の核軍縮交渉を開始する」との合意を図るべきではないでしょうか。
50年にわたるNPTの歴史で、核軍縮の枠組みができたのはアメリカとロシアとの2国間だけであり、多国間の枠組みに基づく核軍縮は一度も実現していません。
NPTはすべての核兵器国が核軍縮という目標を共有し、完遂を誓約している唯一の法的拘束力のある条約であることを、今一度、再検討会議の場で確認し合い、目に見える形での行動を起こす必要があります。
具体的な進め方については、さまざまなアプローチがあるでしょうが、私はここで一つの試案を提示しておきたい。
それは、「新STARTの5年延長」を土台にした上で、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5カ国による新たな核軍縮条約づくりを目指し、まずは核軍縮の検証体制に関する対話に着手するという案です。
これまでアメリカとロシアが実際に行ってきた検証での経験や、多くの国が参加して5年前から継続的に行われてきた「核軍縮検証のための国際パートナーシップ」での議論も踏まえながら、5カ国で核軍縮を実施するための課題について議論を進めていく。
その上で、対話を通じて得られた信頼醸成を追い風にして、核兵器の削減数についての交渉を本格的に開始することが望ましいのではないかと思います。
多国間の核軍縮の機運を高めるために重要な鍵を握ると考えるのは、冷戦終結の道を開く後押しとなった「共通の安全保障」の精神を顧みることです。
1982年6月に行われた国連の第2回軍縮特別総会に寄せて、スウェーデンのパルメ首相らによる委員会が打ち出したもので、“核戦争に勝者はない”との認識に基づいて、次のような意識転換が促されていました。
「諸国家はもはや、他国を犠牲にして安全性を追求することはできない。すなわち相互協力によってしか、安全は得られない」(『共通の安全保障』森治樹監訳、日本放送出版協会)と。
私もその時、第2回軍縮特別総会に向けた提言で、「膨大な核戦力が対峙している以上、いかに軍事力を増強させようと、とうてい真の平和は保ちえない」と訴えていただけに、深く共感できる考え方でした。
その前年(81年)、アメリカとソ連の関係が厳しさを増す中で、レーガン大統領は対決姿勢を鮮明にし、ヨーロッパでの限定核戦争もあり得るとまで発言していました。
当時の心境について、レーガン大統領はこう記しています。
「われわれの政策は、力と現実主義に基づいたものでなければならない。私が望んだのは力を通じての平和であって、一片の紙切れを通じての平和ではなかった」(『わがアメリカンドリーム』尾崎浩訳、読売新聞社)と。
しかし、欧米諸国の市民による反核運動の高まりがあり、核兵器の使用がもたらす壊滅的な被害に対する認識も深めるにつれて、レーガン大統領は“核戦争を起こしてはならない”との思いを強めていった。
また、核兵器で対峙するソ連の人々がどんな気持ちを抱いているかについて思いを馳せる中で、ソ連のチェルネンコ書記長に手紙を送った時のことを回想し、こう綴っていました。
「チェルネンコへの手紙の中で私は、直接的、かつ内密に交信することはわれわれ双方にとって利益があると思っている、と述べた。そして俳優時代になじんだ感情移入のテクニックを使うように努めた」「そしてソ連国内の一部の人は、わがアメリカを本当に恐れているようだと私は理解している、と続けた」(同)
こうした想起を通して、相手側の不安と自国側の不安とが“鏡映し”であることを実感したレーガン大統領が、ソ連との対話を模索する中で実現したのが、85年11月にジュネーブで行われたゴルバチョフ書記長との首脳会談だったのです。
同じく核問題の解決の必要性を強く認識していたゴルバチョフ書記長と、胸襟を開いた対話を続けた結果、両首脳による共同声明として世界に発信されたのが、「核戦争に勝者はなく、また、核戦争は決して戦われてはならない」との有名なメッセージでした。
そこには「共通の安全保障」に通じる考え方が脈打っており、それが87年12月のINF全廃条約の締結へとつながり、冷戦を終結させる原動力ともなっていったのです。
時を経て再び、核兵器を巡る緊張が高まり、“新冷戦”とまで呼ばれる状況に世界が直面する今、「共通の安全保障」の精神を呼び覚ますことが大切ではないでしょうか。
ゆえに私は、NPT発効50周年を迎えるにあたり、「核戦争に勝者はなく、また、核戦争は決して戦われてはならない」との宣言を、NPTの締約国の総意として今回の再検討会議の最終文書に明記することを提案したい。
国連が2018年5月に発表した軍縮アジェンダでも、「人類を救うための軍縮」との視座が打ち出されていました。作成に携わった国連の中満泉・軍縮担当上級代表は、その発表翌日に行ったスピーチで、軍縮と安全保障との関係について、こう述べています。
「軍縮は、国際平和と安全保障の原動力であり、国家の安全保障を確保するための有用な手段である」
「軍縮はユートピア的な理想ではなく、紛争を予防し、いついかなる時、場所であれ、紛争が起こった際に、その影響を緩和するための具体的な追求である」と。
自国の安全保障を確保するための「有用な手段」として核軍縮の交渉を進め、他の国々が感じてきた脅威や不安を取り除くことで、自国が他国から感じてきた脅威や不安を取り除いていく――。
NPT第6条が求める核軍縮の誠実な履行を、こうした互いが勝者となる“ウィンウィンの関係”を基盤として、今こそ力強く推進していくべきであると訴えたいのです。
☆核運用におけるAI導入や
サイバー攻撃の禁止が急務
新技術の発達が兵器に及ぼす影響
また私がもう一つ、NPT再検討会議で目指すべき合意として特に求めたいのは、「核関連システムに対するサイバー攻撃」や「核兵器の運用におけるAI導入」の危険性に対する共通認識を深め、禁止のルールづくりのための協議を開始することです。
インターネットなどのサイバー空間やAIに関する新技術は、社会に多くの恩恵をもたらしてきた一方で、それを軍事的な目的に利用しようとする動きが進んでいます。
昨年3月、こうした新技術に伴う問題を巡る会議がベルリンで行われました。
EU(欧州連合)やNATO(北大西洋条約機構)の国々をはじめ、ロシア、中国、インド、日本、ブラジルの政府代表が参加した会議で焦点となったのは、ロボット兵器の通称で呼ばれる自律型致死兵器システム(LAWS)の問題に加えて、新技術の発達が核兵器などの多くの兵器に及ぼす影響についてでした。
その上で、ドイツとオランダとスウェーデンの外相による政治宣言として、「技術的に進化した軍事能力がいかにして戦争の性格を変え、世界の安全保障に影響を与えるかについて、共通の理解を構築する必要がある」(IDN―InDepthNews 2019年3月17日配信)との問題提起がされていたのです。
核兵器に安全保障を依存してきた国などからも懸念が示されるほど、新技術の発達のスピードは速く、私は、緊急性が増す核兵器と新技術を巡る討議をNPTの枠組みで早急に開始することを提案したい。
1995年にNPTの無期限延長が決まった時、条約の再検討では、過去の合意の達成状況の精査だけでなく、将来において進展が図られるべき分野と、そのための手段を特定する重要性が提起されていました。
核兵器と新技術の問題は、緊急性と被害の甚大さを踏まえると、まさに最優先で取り上げるべき分野ではないかと思うのです。
まずサイバー攻撃に関して言えば、核兵器の指揮統制だけでなく、早期警戒、通信、運搬など多岐にわたるシステムに危険が及ぶ恐れがあります。
いずれかのシステムに対して、サイバー攻撃が実行されることになれば、単なる不正侵入にとどまらず、最悪の場合、核兵器の発射や爆発を引き起こす事態を招きかねません。
この問題に関し、国連のグテーレス事務総長も警鐘を鳴らしていました。
「国連憲章を含め、国際法がサイバー空間にも適用されるというコンセンサスはすでに存在しています。しかし、実際に国際法がどのように適用されるのか、また、国家が法律の枠内で悪意ある、または敵対的な行為にいかに対応できるのかについては、コンセンサスはありません」(国連広報センターのウェブサイト)と。
その基盤をつくる意味でも、「核関連システムに対するサイバー攻撃」の禁止をNPTの枠組みを通して早急に確立し、核リスクの低減を図るべきではないでしょうか。
不安や猜疑心を強める危険
同じく、「核兵器の運用におけるAI導入」も、多くの危険を引き寄せかねないものです。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が昨年5月に発表した報告書では、その問題点を詳しく分析しています。
それによると、核保有国にとってのAI導入のメリットは、人間の場合には避けられない疲労や恐怖を排除できることに加え、深海や極地といった厳しい生存環境や危険が伴う場所での任務を無人の装置で代替できることなどが挙げられるといいます。
しかし、AIへの依存度を強めれば強めるほど、核兵器の運用を不安定にする要素が増え、かえって核使用のリスクを高める方向に働きかねないと警告しているのです。
そこでは、従来の核抑止論の基盤をなしてきた相手の出方に関する心理学的な認知が通用しなくなることが指摘されています。
AIが主要な役割を担うようになれば、状況判断の過程がブラックボックス化して、相手の出方がますます読めなくなり、不安や猜疑心がさらに募る状態を招くからです。
報告書は、こう記しています。
「冷戦中、アメリカとソ連は互いの戦略システムと行動を研究するために多大な時間と努力を費やし、国防関係の代表は、必ずしも生産的というわけではなかったにせよ、頻繁に会っていた」と。
心理学的な認知といっても、直接の出会いを重ねる実体験が伴っていたからこそ、相手の出方をある程度予測できる関係を築くことができていたのではないでしょうか。
また冷戦時代、誤った情報や装置の誤作動で、他国から核ミサイルの発射があったとの警報が出る事態が何度も起きました。
その時に、危機を未然に防いだのは、監視画面に表示された情報をうのみにせず、情勢的にそれはあり得ないとの健全な懐疑心を働かせて、対抗措置としての核攻撃の中止を進言した人々の存在だったのです。
まして現在は、サイバー攻撃による「ハッキング」や「なりすまし」の危険にもさらされており、AIの導入が進めば、誤った情報に対してだけでなく、偽の情報に対する脆弱性も増すことになりかねません。
もちろん、AIへの依存度がどれだけ強まったとしても、核兵器の発射の最終判断は、人間の手を離れることはまずないでしょう。
しかし、AIの導入競争が核保有国の間で進むことが、深刻なジレンマをもたらす危険性に目を向ける必要があります。
AIの導入は自国が優位に立つための“軍事行動のスピード化”につながるかもしれませんが、一方でそれは、1962年のキューバ危機の際にケネディ大統領やフルシチョフ書記長が直面したようなジレンマを、少しの猶予も許さずに迫るものとなるからです。
世界を震撼させた危機の教訓を顧みて、ケネディ大統領はこう述べました。
「核保有国は、相手国に対して、屈辱的な退却か核戦争かを強いるような対決を避けなければなりません」(『英和対訳ケネディ大統領演説集』長谷川潔訳注、南雲堂)と。
そのジレンマがどれほど薄氷を踏むものだったのか、悔恨がにじみ出ている言葉ですが、それでも当時の両首脳には“13日間”という熟議を重ねる時間がありました。
ところが、スピード化の競争が進めば、相手に先を越されることへのプレッシャーが一層強まって、熟議に基づく判断の介在する余地がそれだけ失われることになります。
この点、SIPRIの報告書でも、「より速く、より賢く、より正確で、より多目的な兵器を探求することは、不安定な軍拡競争をもたらす可能性がある」と指摘しています。
核兵器とAIとの結びつきは先制攻撃を促す方向に働くことはあっても、核戦争を止める力にはなりえないと強く訴えたいのです。
NPTの前文に刻まれているように、核戦争の危険を回避するためにあらゆる努力を払うことが、条約を貫く精神だったはずです。
その一点を全締約国の共通の土台としながら、サイバー攻撃やAIの導入を巡る協議を今後進める中で、核兵器に安全保障を依存し続けることの意味についても問い直していくことが、肝要ではないでしょうか。
☆気候変動を巡る問題に焦点を当て
日本で国連の防災会合を
災害の発生件数が10年で5倍に増加
第三の提案は、気候変動と防災に関するものです。
気候変動を巡って取り組みが迫られているのは、温室効果ガスの削減だけではありません。異常気象による被害の拡大を防止するための対応が待ったなしとなっています。
先月、スペインのマドリードで行われた気候変動枠組条約の第25回締約国会議(COP25)でも、この二つの課題を中心に討議が進められました。
COP25に寄せてNGOのオックスファムが発表した報告によると、気候変動による災害の発生件数は過去10年間で5倍にまで増加しているといいます。
世界全体でみると、地震などの災害や紛争よりも、気候変動が原因で避難した人数が圧倒的に多い状況が生じているのです。
そこで私は、「気候変動と防災」に関するテーマに特に焦点を当てた国連の会合を日本で行うことを提唱したい。
国連防災機関では、各国の政府代表や市民社会の代表などが参加する「防災グローバル・プラットフォーム会合(防災GP会合)」を、2007年から開催してきました。
2年ごとに会合を重ねる中で、2015年には仙台で行われた第3回「国連防災世界会議」をもってその開催に代えられたほか、昨年5月にスイスのジュネーブで会合が行われた際には、182カ国から4000人が参加して討議が進められました。
今後は3年ごとに開催される予定となっており、2022年に行われる防災GP会合を日本で開催して、異常気象による被害の拡大防止と復興の課題について集中的に討議していってはどうかと思うのです。
5年前の国連防災世界会議で採択された仙台防災枠組(※注5)では、災害の被災者を2030年までに大幅に減少させるなどの目標が打ち出されました。
これまで積み上げてきた各国の経験を生かしながら、異常気象による災害についても早急に対策を強化していくことが求められるのではないでしょうか。
すでにインフラ(社会基盤)の整備については、インドの呼び掛けで「災害に強いインフラのための連合」が昨年9月に発足しています。
これまで重点が置かれてきた地震などの災害への対応だけでなく、気候変動の影響にも強いインフラの構築を目指すグローバルな枠組みで、技術支援や能力開発に関する国際的な連携を進めるものです。
異常気象による被害が相次ぐ日本もこの連合に参加しており、インドをはじめ他の加盟国と協力しながら、防災GP会合でこの分野における国際指針のとりまとめをリードしていくことを提案したい。
また、防災GP会合の中心議題の一つとして、気候変動と防災に関する自治体の役割をテーマに取り上げ、その連携を大きく広げる機会にしていくべきだと思います。
現在、国連防災機関が「災害に強い都市の構築」を目指して進めるキャンペーンには、世界の4300を超える自治体が参加しています。そのなかには、モンゴルやバングラデシュのように、すべての市町村がキャンペーンに参加している国も出てきました。
キャンペーンが始まってから本年で10年になりますが、今後は異常気象への対応に特に重点を置く形で自治体間の連携を進めることが大切になると思います。
世界の人口の4割は海岸線から100キロ以内に住んでおり、その地域では気候変動の影響によるリスクが高まっています。
日本でも人口の多くが沿岸地域で暮らしています。中国や韓国をはじめ、アジアの沿岸地域の自治体と、「気候変動と防災」という共通課題を巡って互いの経験から学び、災害リスクを軽減するための相乗効果をアジア全体で生み出していくべきだと考えるのです。
本年6月には、アジア太平洋防災閣僚級会議がオーストラリアで行われます。会議を通じて自治体間の連携に関する議論を深め、2022年の防災GP会合でその世界的な展開につなげることを目指していってはどうでしょうか。
☆誰も置き去りにしない社会へ
レジリエンスの強化を推進
障がいのある人を取り巻く状況
加えて、次回の防災GP会合の開催にあたって呼び掛けたいのは、気候変動で深刻な影響を受ける人々を置き去りにしないための社会づくりについて、重点的に討議を行うことです。
男女平等と社会的包摂の促進を掲げた昨年のジュネーブでの会合では、登壇者の半数と参加者の4割を女性が占めたほか、120人以上の障がいのある人が参加しました。
SDGsのアドボケート(推進者)の一人で、会合に出席した南アフリカ共和国のエドワード・ンドプ氏は、災害時の社会的包摂への思いをこう述べました。
「障がい者は世界人口の15%を占める最大のマイノリティー(社会的な少数派)ですが、一貫して存在が忘れられてきました」
「(災害時に)障がい者を物理的に置き去りにしてしまう行為と、日常生活において排除が障がい者にもたらす極めて現実的な影響とは、つながりがあるのです」と。
脊髄性筋萎縮症を2歳の頃から患ってきたンドプ氏は、災害が起きた時に最も危険にさらされる人々に対する「社会的な態度の再構築」が必要となると訴えていたのです。
私は、防災と復興を支えるレジリエンス(困難を乗り越える力)の強化といっても、この一点を外してはならないと思います。
普段の生活の中で「共に生きる」というつながりを幾重にも育む土壌があってこそ、災害発生時から復興への歩みに至るまで、多くの人々の生命と尊厳を守る力を生み出し続けることができるからです。
また、ジュネーブ会合での災害とジェンダーを巡る討議でも、“目に映らない存在にされてきた人々”を“目に見える存在”にすることが大切になるとの指摘がありました。
日常生活において女性が置かれている状況は、社会的な慣習や差別意識などによって当たり前のように見なされることが多いために、本当に助けが必要な時に置き去りにされる恐れが強いことが懸念されます。
例えば、異常気象の影響で避難が必要になった時、女性は家を出るのが最後になることが多いといわれます。男性が離れた場所で働いている場合には、子どもたちや高齢者や病気の家族の世話をする必要があるため、家を出るのが遅れがちになるからです。
しかしその一方で、災害が起きた時に、地域で多くの人々を支える大きな力となってきたのは女性たちにほかなりませんでした。
昼間の星々の譬え
この点に関し、UNウィメン(国連女性機関)も、次のように留意を促しています。
被災直後から発揮されるリーダーシップや、地域でのレジリエンスの構築に果たす中心的役割など、防災における女性たちの実質的な貢献とともに、潜在的な貢献は、大きな可能性を持つ社会資産であるにもかかわらず、あまり注目されてこなかった――と。
明らかに存在するのに見過ごされがちになるという構造的な問題について考える時、私は大乗仏教の経典に出てくる“昼間の星々”の譬えを思い起こします。
天空には常に多くの星々が存在し、それぞれが輝きを放っているはずなのに、昼間は太陽の光があるために、星々の存在に意識が向かなくなることを示唆したものです。
日常生活においても災害時においても、地域での支え合いや助け合いの要の存在となってきたのは、女性たちであります。
地震などの災害に加えて、異常気象への対応策を考える上でも、あらゆる段階で女性の声を反映させることが、地域のレジリエンスの生命線になるのではないでしょうか。
本年は、ジェンダー平等の指針を明確に打ち出した第4回世界女性会議の「北京行動綱領」が採択されて25周年にあたります。
そこには、こう記されています。
「女性の地位向上及び女性と男性の平等の達成は、人権の問題であり、社会正義のための条件であって、女性の問題として切り離して見るべきではない。それは、持続可能で公正な、開発された社会を築くための唯一の道である」と。
このジェンダー平等の精神は、防災においても絶対に欠かせないものです。
その意味から言えば、災害にしても、気候変動に伴う異常気象にしても、インフラ整備などのハード面での防災だけでは、レジリエンスの強化を図ることはできない。
ジェンダー平等はもとより、日常生活の中で置き去りにされがちであった人々の存在を、地域社会におけるレジリエンスの同心円の中核に据えていくことが、強く求められると訴えたいのです。
私どもSGIも、信仰を基盤にした団体(FBO)として、災害時における緊急支援や、被災地の復興を後押しする活動に取り組む一方で、防災GP会合をはじめとする国際会議に継続して参加してきました。
2017年のメキシコでの防災GP会合では、「FBOによる地域主導の防災――仙台防災枠組の実践」と題するシンポジウムを行ったほか、キリスト教やイスラム教などさまざまな宗教的背景を持つFBOと協力して共同声明をまとめ、昨年のジュネーブ会合でも引き続いて共同声明を発表してきました。
また2018年3月に、他のFBOの4団体と連携して「持続可能な開発のためのアジア太平洋FBO連合(APFC)」を結成し、同年7月にモンゴルで開催されたアジア防災閣僚級会議に共同声明を提出しました。
そこには、私たち5団体の共通の決意を込めて、こう記しています。
「FBOの使命の根幹にあるのは、社会的な弱者を生む根本原因に対処する意志であり、社会の片隅に置かれた人々に希望と幸福をもたらすことである」
「信仰を基盤にした団体は、防災とレジリエンスの構築と人道的な行動を地域で進める上で重要な役割を果たしている」と。
今後も、この精神を他のFBOと共有しながら、すべての人々の尊厳を守るための社会的包摂のビジョンを掲げて、レジリエンスの強化を後押ししていきたいと思います。
* * * * *
注5 仙台防災枠組
2015年3月、仙台での第3回国連防災世界会議で採択された国際的な指針。2030年までの防災達成目標として、被災者数の削減や重要インフラの損害の削減などの7項目を掲げたほか、国や地方自治体が優先すべき行動として、災害リスクの理解をはじめ、効果的な応急対応に向けた準備の強化と「より良い復興」などの四つの事項を挙げている。
☆「教育のための国際連帯税」を創設し
人道危機下の子どもたちを支援
紛争や災害での心の傷を癒やす
最後に第四の提案として述べたいのは、紛争や災害などの影響で教育の機会を失った子どもたちへの支援強化です。
持続可能な地球社会を目指すといっても、次代を担う子どもたちの人権と未来を守ることが要石となると考えるからです。
本年9月に発効30周年を迎える、子どもの権利条約は、今や国連の加盟国数よりも多い196カ国・地域が参加する、世界で最も普遍的な人権条約となりました。
教育の権利の保障も明記される中、条約の発効時には約20%に及んでいた、小学校に通う機会を得られていない子どもの割合は、今では10%以下にまで減少しました。
しかしその前進の一方で、紛争や災害の影響を受けた国で暮らす子どもたちの多くが深刻な状況に直面しています。
例えば、紛争が続く中東のイエメンでは240万人の子どもたちが学校に通うことができず、学校施設も攻撃を受けてひどく損傷していたり、軍事拠点や避難場所に使用されたりしている所が数多くあります。
また、気候変動の影響による災害が続くバングラデシュでは、多くの家族が貧困や避難生活に追い込まれる中で、子どもたちの健康が危ぶまれているほか、教育の機会が失われている状態が広がっています。
世界では、こうした紛争や災害の影響で教育の機会を失った子どもや若者の数は1億400万人にも及んでいますが、人道支援の資金の中で教育に配分されるのは2%ほどにとどまってきました。
食糧や医薬品などの物資の支援と比べて、“人命には直接関わらない”といった理由で、緊急事態が起きた直後の期間のみならず、復興に向けた歩みが始まった時期以降も、後回しにされがちになってきたからです。
しかし、ユニセフ(国連児童基金)が強調するように、子どもたちにとって学校の存在は、日常を取り戻すための大切な空間にほかなりません。学校で友だちと一緒の時間を過ごすことは、紛争や災害で受けた心の傷を癒やすための手助けにもなります。
こうした問題を踏まえて、4年前の世界人道サミットで設立をみたのが、ユニセフが主導するECW(教育を後回しにはできない)基金でした。
緊急時の教育に特化した初めての基金であり、現在まで、人道危機に巻き込まれた190万人以上の子どもや若者たちに教育の機会を提供する道を開いてきました。
緊急時の教育支援は、人道危機が長期化した場合の教育支援とともに、子どもたちが安心と希望を取り戻し、将来の夢を思い描いて前に進むためのかけがえのない基盤となるだけでなく、地域や社会にとっても平和と安定をもたらす源泉となるものです。
ECW基金のヤスミン・シェリフ事務局長は、こう述べています。
「もし、その社会の市民と難民の人々が、読み書きができず、論理的な思考ができず、教師や弁護士や医師もいない場合、どうやって社会経済的に発展可能な社会を築くことができるというのでしょうか」
「教育は、平和と寛容と相互尊重を促進するための鍵です。女の子と男の子が教育に平等にアクセスできた場合には、暴力や紛争が発生する確率は37%も減るのです」と。
「失われた世代」を生み出さない
国連のSDGsで“すべての子どもたちに質の高い教育を”との目標が掲げられる中、紛争や災害の影響を受けた国で暮らす子どもたちが、「失われた世代」として置き去りになるようなことは、決してあってはならない。
ECW基金が設立された2016年の時点での推計では、人道危機に見舞われた7500万人の子どもたちに基礎教育を提供するには毎年85億ドル、1人あたりで年間113ドルが必要になると見込まれていました。
現在、その対象人数は1億400万人に及び、必要額も増えているものの、世界全体の1年間の軍事費である1兆8220億ドルのほんの一部に相当する資金を国際的な支援などで確保できれば、厳しい状況にある多くの子どもたちが、希望の人生を歩み出すきっかけを得られるのです。
その意味で私は、誰もが尊厳をもって安心して生きられる持続可能な地球社会を築くための挑戦の一環として、ECW基金の資金基盤の強化を図り、緊急時の教育支援を力強く進めていくことを呼び掛けたい。
かつて私は2009年の提言で、国連が当時進めていた「ミレニアム開発目標」の達成を後押しするために、国際連帯税などの革新的資金調達メカニズムの導入を促進することを提唱したことがあります。
SDGsの推進において、その必要性はさらに増しており、「教育のための国際連帯税」の創設をはじめ、資金基盤を強化するための方策を検討すべきではないでしょうか。
これまで連帯税としては、フランスなどの国々が導入している航空券連帯税(※注6)があり、エイズや結核やマラリアの感染症で苦しむ途上国の人々を支援するための国際的な資金に充てられてきました。
また5年前からは、発育阻害に苦しむ子どもたちを支援する国連の「ユニットライフ」の枠組みが進められています。
日本も昨年、開発のための革新的資金調達メカニズムのあり方を討議するリーディング・グループの議長国を務める中、7月に行われたG7(主要7カ国)開発大臣会合で、国際連帯税を含む革新的資金調達を活用する必要性について言及しました。
これまで日本は、内戦が続く中東のシリアで、ユニセフと連携して約10万人の小学生のために教科書を配布し、約6万2000人の子どもたちに文房具と学校用のカバンを支給してきました。またアフガニスタンでも、支援が不足しがちだった地域で70校の学校を建設し、約5万人の子どもたちが学習にふさわしい環境で授業を受けられるようになっています。
私は、教育分野の支援において豊かな実績を持つ日本が、「教育のための国際連帯税」をはじめ、さまざまなプランを検討する議論をリードしながら、ECW基金の資金基盤を強化するための枠組みづくりで積極的な役割を担うことを強く呼び掛けたいのです。
避難した先で教育の機会を得ることが、子どもと家族の心にどれだけ希望を灯すのか。
その一つの例を国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)が紹介しています。
――中米のニカラグアで2人の子どもと暮らしていたある母親は、情勢不安が続く中、葛藤を抱きながら隣国コスタリカへの避難を決めた。「学校を辞めさせ、避難することは苦しい決断でした。でも、これ以上危険な目にあわせるわけにはいかなかった」と。
学校に在学証明書を取りに行くのも危険な中、小さなカバン一つで避難しなければならなかったため、子どもたちは避難先で学校に通うことができるだろうかと胸を痛めていたところ、コスタリカではすべての子どもに無償の初等教育が保障されていた。
特に、避難民がいるコスタリカ北部の小学校の多くでは、公的な書類がなくても入学でき、避難で学習が遅れてしまった子どものために補習などのシステムまで用意されていた。
そのおかげで、2人の子どもたちも教育の機会を取り戻すことができた。
14歳の兄は、「今一番うれしいことは勉強できること。将来はお医者さんになりたい」と目を輝かせ、10歳の妹と手をつないで元気に学校へ通うようになった。
学校の教員も、「故郷を離れなければならなかった子どもたちが、学校を家のように感じられるようになれば」との思いで迎え入れている――と。(UNHCR駐日事務所のウェブサイトを引用・参照)
人道危機によって教育の機会を失った1億400万人という膨大な数字の奥には、一人一人の子どもの存在があり、人生の物語があります。
この子どもたちにも同様に教育の機会が確保されれば、彼らが生きる希望を取り戻し、夢に向かって進むための足場となるに違いないと訴えたいのです。
☆「創価教育学体系」に脈打つ
牧口会長と戸田会長の精神
ランプの絵柄に込められた思い
私どもSGIも、社会的な活動の三つの柱として、平和や文化とともに教育に力を入れ、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント(内発的な力の開花)」の取り組みを、世界192カ国・地域で進めてきました。
その精神の源流を象徴するような絵柄が、ともに教育者だった牧口初代会長と戸田第2代会長の師弟の絆によって、今から90年前(1930年11月18日)に発刊された『創価教育学体系』の扉に描かれています。
ランプの先に灯された火が光を放つ姿をイラストにしたもので、その絵柄はケースにも描かれ、本の表紙にも刻印されていました。
社会が大きな混乱や脅威で覆われた時、その嵐に容赦なくさらされ、激しい波に特に翻弄されるのは、常に子どもたちです。
その状況に胸を痛めた牧口会長は、小学校という教育の最前線に立ち続け、子どもたちの心に希望を灯すことに最大の情熱を注ぐ一方で、幸福な人生を切り開く力を養うための人間教育のあり方を探求し、『創価教育学体系』という大著に結晶させていったのです。
牧口会長は30代の頃、日露戦争の最中にあって、日本で立ち後れていた女性教育の普及のために力を注いだ経験がありました。しかも、戦争で父親が亡くなったり、傷病を負ったりしたことで経済的に困窮する家庭が増える中で、授業料の全額免除や半額免除の制度まで設けていました。
また40代には、貧困家庭のために特別に開設された小学校で校長を務め、病気の子どもの家に見舞いに行って自ら世話をしたほか、食事が満足にできない子どもたちのために学校給食を実施していたのです。
いずれも、牧口会長自身が家庭的な事情で十分に教育を受けられなかった時期があり、その辛さが身に染みていたからこその行動だったのではないかと思えてなりません。
そして50代の時には、関東大震災(1923年)で罹災したために転校を余儀なくされた子どもたちを受け入れ、学校として学用品を用意したほか、教え子たちの置かれた状況が心配で、かつて校長を務めた小学校のある地域にまで足を運んでいたのです。
弟子である戸田会長も、戦時体制下の1940年以降の時期に、子どもたちのために35冊に及ぶ学習雑誌を発刊していました。
軍部政府の思想統制が強まる中で牧口会長とともに投獄され、牧口会長が獄中で生涯を閉じた後も、子どもたちの幸福を願う思いは消えることはなかった。
2年に及ぶ獄中生活にも屈することなく、出獄をした翌月に終戦を迎えた時、即座に立ち上げたのも子どもたちのための通信教育でした。戦後の混乱で十分に機能しない学校が多い中で、教育の機会を途切れさせないために率先して道を開こうとしたのです。
このように牧口会長と戸田会長の胸中には、“いかなる状況に置かれた子どもたちにも、教育の光を灯し続けたい”との信念が脈打っていました。創価学会の創立の原点でもある『創価教育学体系』の扉に描かれたランプの灯火には、そうした二人の先師の誓いと行動が込められている気がしてならないのです。
ランプの姿がいみじくも物語るように、教育の光は誰かの支えがなければ途切れてしまうものです。情熱を注ぎ続ける人々の存在があり、その人々を支える社会があってこそ輝き続けるものにほかなりません。
私も先師の思いを受け継いで、東京と関西の創価学園や創価大学をはじめ、アメリカ創価大学やブラジル創価学園などの教育機関を創立するとともに、各国の教育者との対話を重ねながら、子どもたちの尊厳と未来を支える「教育のための社会」を建設する挑戦を半世紀以上にわたって続けてきました。
今後もSGIは、「教育のための社会」の重要性を訴える意識啓発に努めるとともに、気候変動をはじめとする地球的な課題に取り組む連帯を広げるために、「民衆の民衆による民衆のためのエンパワーメント」を力強く推進していきたいと思います。
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注6 航空券連帯税
途上国でのエイズや結核やマラリアの治療普及を支援する国際機関のUNITAIDに対し、資金を拠出する目的で、国際線の航空券などに一定額(エコノミークラスで数百円程度)を課税する制度。2006年にフランスが最初に導入した。UNITAIDではその資金を活用して、大量購入と引き換えに割安価格で薬の提供を受け、治療の普及を促進してきた。
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