第44回「SGIの日」記念提言 下 (1)
「平和と軍縮の新しき世紀を」
有志国によるグループを結成し核兵器禁止条約の参加を拡大
日本は批准に向けた努力と対話の場を確保する貢献を
2017年7月、ニューヨークの国連本部で、122カ国の賛成を得て採択された核兵器禁止条約。同年3月から始まった交渉会議では政府間での議論に加えて、市民社会による発表の場が設けられ、SGIの代表も意見表明を行った
続いて、平和と軍縮を巡る喫緊の課題を解決するための具体策と、国連の「持続可能な開発目標(SDs)」の取り組みを前進させるための方策について、5項目の提案を行いたい。
第1の提案は、核兵器禁止条約の早期発効と参加国の拡大に関するものです。
核兵器禁止条約が採択されて以来、これまで国連加盟国の3分の1以上にあたる70カ国が署名し、20カ国が批准を終えました。
条約の発効要件である50カ国の批准には、まだ及んではいませんが、化学兵器や生物兵器の禁止条約の場合と比べても、批准国の拡大は着実に進みつつあるとい えます。
加えて注目すべきは、条約にまだ参加していない国も含めて世界の8割近くの国々が、条約の禁止事項に沿った安全保障政策を実施しているという事実です。
ICAN(核兵器廃絶国際キャンペーン)の国際運営団体の一つである「ノルウェー・ピープルズエイド」によると、核兵器の開発・実験・生産・製造・取得・保有・貯蔵から、移譲と受領、使用とその威嚇、違反行為を援助することや援助を受けること、配備とその許可について、すでに155カ国が禁止状態にあるといいま す。
つまり、世界の圧倒的多数の国が「核兵器に依存しない安全保障」の道を歩むことで、すでに核兵器禁止条約の中核的な規範を受け入れている状況がみられるのです。この基盤の上に、条約の発効と参加国の拡大を通じて、核兵器禁止に関する規範の普遍化を図ることが待たれます。
その一方で、核兵器禁止条約の採択によって、核問題に関する国際的な枠組みを提供してきた核拡散防止条約(NPT)の協力体制に、深い溝が生じかねないとの声も聞かれます。
しかし実際には、二つの条約が目指すゴールは同じであって、核兵器禁止条約はNPTを決して損ねるものではなく、むしろ、NPT第6条が定める「核軍縮交渉の誠実な履行」の義務に新たな息吹を注ぎ込む意義を有している点に、目を向けるべきではないでしょうか。
唯一の戦争被爆国が果たすべき使命
そこで私は、核兵器禁止条約の採択に至るプロセスの中で積み上げられてきた議論を、今後も深化させながら、各国の条約参加の機運を高めていくための有志国のグループを結成することを提案したい。
具体的には、包括的核実験禁止条約(CTBT)の発効促進のために活動してきた「CTBTフレンズ」と呼ばれるグループにならう形で、「核兵器禁止条約フレンズ」を結成してはどうでしょうか。
CTBTフレンズは、日本とオーストラリアとオランダが2002年に発足させたもので、2年ごとに外相会合を開催し、昨年の第9回会合には約70カ国が参加しました。
特筆すべきは、これまで外相会合に参加した国が核保有国と核依存国と非保有国のすべてにわたっており、署名・批准の有無に関係なく多くの国が討議に加わってきた点です。
この討議が重ねられる中、外相会合への参加後に条約の批准を果たした国もみられます。また、批准後に外相会合に参加して、他の発効要件国に対し、条約への参加を呼び掛ける国も現れています。
このほか、未批准国のアメリカからケリー国務長官(当時)やペリー元国防長官が、外相会合に参加したこともありました。
その際、ペリー氏から、1970年代に“ソ連がICBM(大陸間弾道弾)を発射した”との誤情報に惑わされた時の体験が語られるなど、核兵器を巡る教訓が共有される場ともなってきたのです。
こうした経験を生かす形で、核兵器禁止条約においても同様のグループを結成し、条約に対する立場の違いを超えて、対話を継続的に行う場にしていくべきではないでしょうか。
そして、そのグループの活動に日本が加わり、貢献していくことを強く呼び掛けたい。
私は、唯一の戦争被爆国である日本が、核兵器禁止条約を支持し、批准を目指すべきであると訴え続けてきました。
CTBTフレンズの中核を担ってきた日本が、まずは「核兵器禁止条約フレンズ」の結成に協力した上で、自国の条約参加に向けた課題の克服に努めるとともに、他の核依存国にも対話への参加を働きかけることを提案したいのです。
核兵器禁止条約では、発効から1年以内に最初の締約国会合を開催することが定められていますが、私はこの会合に先立つ形で、「核兵器禁止条約フレンズ」を結成するのが望ましいと考えます。
締約国会合を開催する前の段階から、すべての国に開かれた対話の場を設けておくことが、条約を巡る意見の違いの溝を埋めていく上で大きな意味を持つと思うからです。
核保有国と非保有国との“橋渡し役”を目指してきた日本は、その対話の場の確保に尽力すべきではないでしょうか。
ICANによる新しい取り組み
核兵器禁止条約の交渉が進む最中に日本が立ち上げを表明し、これまで会合を重ねてきた「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」の提言では、核保有国、核依存国、非保有国の識者による議論を踏まえ、次のような共通認識が示されていました。
「核軍縮をめぐる停滞はとても擁護できるものではない」「国際社会は、立場の違いを狭め、また究極的には無くすため、直ちに行動しなければならない。すべての関係者は、たとえ異なる見方を持っていたとしても、核の危険を減らすために協働することができる」と。
日本がこの共通認識を土台に、核兵器禁止条約の第1回締約国会合のホスト国になることを表明したオーストリアなどの国々に協力し、「核兵器禁止条約フレンズ」の活動を後押しすることを呼び掛けたい。
このグループが、核兵器禁止条約の採択に尽力した赤十字国際委員会やICAN、平和首長会議をはじめとする諸団体と連携しながら、核保有国と非保有国との対話 の機会を積極的に設けることが望ましいのではないでしょうか。
市民社会の間でも、核兵器禁止条約の基盤を強化するための新しい取り組みがスタートしています。
昨年11月から始まった「ICANシティーズ・アピール」の活動です。
すでに核保有国の間ではアメリカとイギリスの都市が、また核依存国の間ではカ ナダ、オーストラリア、スペインの都市が「ICANシティーズ・アピール」に参加しています。
ICANはこの活動で、核兵器禁止条約を支持する各国の自治体の連帯を広げることを目指す一方、市民の一人一人が主体となった行動を呼び掛けています。SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を活用して、「#ICANSave」というハッシュタグを合言葉にしながら、“私たちの都市や町の住民は核兵器の脅威がない世界に住む権利を持つ”との思いを込めたメッセージを発信する取り組みです。
また、世界163カ国の7701都市が加盟する平和首長会議でも、すべての国に核兵器禁止条約の早期締結を呼び掛ける活動が行われています。
私は昨年の提言で、条約を支持する自治体の所在地を示す世界地図を作成することを提案しながら、こう訴えました。
「“私たち世界の民衆は、非道な核攻撃の応酬が引き起こされかねない状況を黙って甘受することはできない”とのグローバルな民意の重さを明確な形で示すことで、世界全体を非核の方向に向けていく挑戦を進めたい」
SGIでは、核兵器禁止条約の制定を目指して2017年まで進めた「核兵器廃絶への民衆行動の10年」に続いて、昨年から「民衆行動の10年」の第2期の活動を開始しました。
その主眼は、核兵器禁止条約への支持を広げて「核兵器のない世界」への軌道を確かなものにすることにあり、今後も他の団体と協力しながら、条約に対するグローバルな支持の拡大を力強く後押ししていきたいと思います。 ?
第6条の誓約が盛り込まれた経緯
次に第2の提案として、核軍縮の大幅な前進を図るための方策について述べたい。
核兵器禁止条約に先駆ける形で制定され、全面的な核軍縮の交渉義務を定めたNPTが発効してから、来年で50周年を迎えます。
今や191カ国が参加し、軍縮に関する国際法の中で最も普遍的といわれるNPTですが、歴史を振り返れば、条約の交渉が始まった時には、非保有国の条約への参加は、ごくわずかなものに終わってしまう恐れがありました。
1962年のキューバ危機で核戦争の恐怖を痛感した米ソ両国は、当時、5カ国に広がった核拡散に歯止めをかけるため、NPTの草案を提出したものの、核軍縮に関する規定が入っていなかったからです。
その後、交渉の過程で、非保有国の主張を踏まえる形で、核保有国が完全な核軍縮に向けて誠実に交渉するという第6条の誓約が盛り込まれることになりました。 つまり、核拡散への強い危機感を抱いていた核保有国に対し、非保有国が核軍縮の誓約を信頼して歩み寄る中で、NPTの体制をスタートさせることができたのです。
以来、半世紀が経ち、冷戦時代のピーク時に比べて核兵器の数は減少してきたとはいえ、いまだ世界には1万4465発の核兵器が存在するといわれます。
しかも、これまで核軍縮の条約が結ばれてきたのはアメリカとロシアの2国間のみで、多国間の枠組みを通じて廃棄された核兵器は一つもないのが現状です。
また、保有数ではなく性能の面からいえば、核兵器の近代化が進み、むしろ軍拡傾向が強まっていると言わざるを得ません。
この点、「平和不在」の病理の問題を考察していた物理学者のヴァイツゼッカー博士が、NPTの交渉が本格化する直前(67年7月)に、未来を見据えた懸念を述べていたことが思い起こされます。
「この種のあらゆる協定は、まだなんらかの不十分さを持っています。それらは、うまくいくばあいには、新たな危険源の発生を妨げ、共同作業の訓練として有効で す。しかしそれらは、現存の軍備を撤廃しないで、個別に見るばあい、その中に横たわっているすべての未解決の問題とともに、現状を固定してしまいます」(『心の病としての平和不在』遠山義孝訳、南雲堂)
確かに、キューバ危機の後にケネディ大統領が恐れていた、核保有国が25カ国にまで増えるといった最悪の事態は、NPTの存在によって防ぐことができたといえましょう。
しかし核軍縮の面から総括してみれば、ヴァイツゼッカー博士が懸念していた通り、未解決の問題を抱えたままで現状を固定する傾向があったことは否めないのではないでしょうか。
冷戦終結後の95年にNPTの無期限延長が決まった際、その鍵を握ったのも、第6条の誓約だったことを想起する必要があります。 (2へ続く)
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