9・12「埼玉の日」50周年「鉄桶の団結」
第1回埼玉県幹部総会のスピーチから
23年01月06日
師弟栄光の凱歌を!

永遠の指針「鉄桶の団結」を掲げて開催された第1回埼玉県幹部総会。スピーチに立った池田先生が、広布の展望の上から埼玉の使命を語った(1973年9月12日、上尾運動公園体育館で)

「青年・凱歌の年」が晴れやかに開幕した。本年は、9・12「埼玉の日」の淵源となった第1回埼玉県幹部総会から、50年の節目を迎える。重要な佳節を目指し、新連載「鉄桶の団結」では、同総会の池田先生のスピーチ(抜粋)を掲載する。50年前、先生は未来を展望して埼玉の使命を語った。師の指針を胸に、広布史に新たな勝利の歴史を刻もう!
1973年(昭和48年)9月12日。
第1回埼玉県幹部総会の会場となった上尾運動公園体育館で友を迎えたのは、壇上に設置された縦11・7メートル、横14・4メートルの巨大なボードだった。
16枚のパネルを貼り合わせ、重さは約1トン。圧倒的なスケールで掲げられた言葉は、「鉄桶の団結」――師から贈られた永遠の指針である。

この指針が示されたのは、総会の2カ月前。同年7月に東京・信濃町で開かれた埼玉最高会議の席上だった。
会場の仏間には30人ほどの参加者が集っていた。
「こんにちは! みんな、元気かい」
池田先生は後方から入場し、そのまま後ろに着席。参加者は180度向きを変え、もともと最後列だった青年部が“最前列”に。会議は懇談的に始まった。
先生は青年を前に、広布の展望を見据えて「埼玉は『鉄桶の団結』を合言葉に進もう!」と呼びかけたのである。

最高会議から間もない同月29日、池田先生は埼玉の同志にメッセージを贈っている。
「団結の二字の実践が、今日までの我が創価学会を世界的にしたのです。この原理を生涯忘れないでください。ともあれ、御書を日々の生活の中で読み切り、朗々と題目を響かせ、学会人のスクラムとスクラムで、理想の愛するこの郷土を築いてください」「埼玉の勝利が日本の未来の縮図の勝利なり」
師の大きな期待を胸に、友は“広布の模範を示そう”と立ち上がった。

新たな指針を掲げ、池田先生のもとに集い合った第1回埼玉県幹部総会。「新生」の船出をしたこの9月12日は、「埼玉の日」となった。
「9・12」50周年となる本年。10月には県歌「広布の旗」発表45周年、6月には長編詩「『新生』の天地に躍る人華」発表35周年を迎える。
幾重にも意義深い佳節を迎える“凱歌の年”。今、青年を先頭に、新たな人材が躍動している。
埼玉の友は、どこまでも世界に誇る「鉄桶の団結」で、「師弟栄光の凱歌」を飾りゆく。

“竜の口”の日に
本日は、かの竜の口の法難記念の日でありまして、この有意義な日に、皆さん方と一堂に会することができ、非常にうれしく思っております。おめでとうございます。
さて「聖愚問答抄」という御書に「誠に生死を恐れ涅槃を欣い信心を運び渇仰を至さば遷滅無常は昨日の夢・菩提の覚悟は今日のうつつなるべし、只南無妙法蓮華経とだにも唱へ奉らば滅せぬ罪やあるべき来らぬ福や有るべき、真実なり甚深なり是を信受すべし」(全497・新577)との仰せがございます。

利他の信心
当然、さまざまに拝することができるわけでありますが、端的に、わかりやすく言えば「生死を恐れ」とは、生命とは何か、生命の本質を知りたい。この生命が永遠のものであるということを知らない場合には、生死を恐れることになる。また「涅槃を欣い」とは、一生成仏、すなわち人間として本源的な幸せの境涯をつかみたい、ということです。「信心を運び」とは、信心の向上を意味します。もとより、自行化他でありますゆえに、自分だけの信心というものはない。利他の信心――広宣流布という、より永遠的な幸福と平和へ直結した信心の行動です。「渇仰を至さば」――求道心です。そして、これらの条件が整っているならば「遷滅無常は昨日の夢」になってしまうというのであります。
つまり、目前の小さなことのみにとらわれてあくせくし、目的意識もあいまいなままに、世をはかなんだ哀れな生き方、何をしても思うようにいかない、不幸な無常流転の人生は、過去の夢のようなものになってしまう。ひとえに南無妙法蓮華経と唱え、たくましくして純真な、時代に適った信心を貫いていくならば、いかなる罪も滅せられる。そして、いかなる福運をも呼び寄せることができるという御金言であります。