池田先生が贈る 「無冠の友」への新春メッセージ 希望と励ましの襷を友の心へ 21年01月29日 |
本紙は本年、創刊70周年の節目を迎える(4月20日)。未曽有の試練の中にあっても、本紙を配達してくださる「無冠の友」。皆さまの力走によって、苦難に負けない“師弟の絆”は全国に大きく広がっている。ここでは、配達員の機関紙「無冠」の聖教新聞創刊70周年記念特集に掲載された、池田先生の新春メッセージを紹介する。![]() 東京・信濃町に立つ「創価学会 世界聖教会館」。礼拝室である「言論会館」の須弥壇の基底部には、五大陸と47都道府県の石などと共に、全国の配達員の名簿が納められている。池田先生は「世界聖教会館さながら無冠の友」とつづり、配達員の友へ最大の称賛を送った(2020年10月3日、池田先生撮影) 皆さまこそ広布を開く担い手 新しい世界の夜明けを開く「希望・勝利の年」が始まりました。日本全国の「無冠の友」の皆さま、新年明けましておめでとうございます。 本年、わが聖教新聞は創刊70周年の佳節を迎えます。 あらゆる試練を越えて発刊を続け、読者のもとにお届けすることができたのは、ひとえに無冠の皆さま一人ひとりの奮闘あればこそと、心より深く御礼申し上げます。 厳寒期の今、配達には人一倍の苦労があることでしょう。日の出も遅いため、普段より入念に準備をして、無事故の配達へ勇んで出発される尊き姿にこそ、元初の太陽の輝きがあります。 そうした行動の全てが、「如来の使にして、如来に遣わされて、如来の事を行ず」(法華経357ページ)という広布の聖業にほかなりません。私と妻は最敬礼して、感謝の祈りを捧げる毎日です。 ![]() “希望の便り”を届ける使命と誇りに燃えて――本年の「無冠」で紹介された配達員の代表(左上から時計回りに北海道、山口、大阪、石川、新潟、沖縄で) それは1951年(昭和26年)の3月17日。わが師・戸田城聖先生は、私たち青年有志をご自宅に呼ばれ、機関紙創刊への企画会を行われました。私は、日記にこう記しました。 「日本一、世界一の大新聞に発展せしむる事を心に期す。広宣流布への火蓋は遂にきられた。決戦に挑む態勢は準備完了」 紙名を検討した折には「文化新聞」や「創価新聞」、また「公正新聞」「世界新聞」などの案が出る中、戸田先生は「将来のことを考え、たとえば『宇宙新聞』なんてどうだい」と語られました。 師匠の壮大なスケールの構想を胸に、弟子は基盤を固める地道な一歩また一歩を踏み出していきました。遂に創刊された聖教新聞を手に、学会本部のあった西神田を歩き、自ら紙面を近隣の方々に紹介しながら配ったことも思い出されます。 今日に至るまで、この創刊時の歓喜と情熱のまま、聖教新聞は時代の要請に応じ、未来を展望して、仏法の智慧と慈悲の視座を示してきました。平和・文化・教育の橋を架け、分断から融和へ、人類の良心の連帯を幾重にも広げているのです。 近年、学校教育の次元を超えて、「学び(ラーニング)」の大切さが注目されています。聖教新聞は、その当初から、向学の民衆にとって、かけがえのない“生命哲理の教科書”“人間学の教科書”として学ばれてきました。今では、各国各界の識者からの共感の声なども厚みを増し、世界市民を結ぶ平和と人道のテキストとして、いやまして真価を発揮しています。 現下のコロナ禍にあって、医療従事者をはじめとする方々により懸命な奮闘が尽くされていますが、いまだ世界を覆う不安は大きい。だからこそ「希望」が力です。「励まし」が光です。 この「希望と励ましの襷」をつなぐトップランナーこそ、無冠の友の皆さまです。昨年、学会活動もままならない中も、たゆまず配達を続けてくださった皆さまが、どれほど友の支えであったことか。たとえ、なかなか会えなくとも、聖教新聞を通して、創価家族の心は結ばれます。全世界の異体同心の絆も、紙面を通して一段と強まっています。 ![]() 信心根本に地域に信頼の輪を広げる友(左から神奈川の配達員、高知、熊本の青年配達員。本年の「無冠」から) フランスの哲学者アランは、「幸福」を皆に広げていける人の大切さを綴っています。それは、どのような人であるか。「自分に『これでよし』と言っている人たち、自分のよろこびを顔に出している人たちのことだ」というのであります。 私には、真っ先に無冠の友の皆さんの生き生きとした足取り、爽やかな挨拶が胸に浮かんできます。その姿が地域に幸の風を運びます。信心の確信と喜びが、仏法を大きく広げるのです。 先日も、妻が「声」の欄を読んで感銘していました。関西の、あるお母さんからの感謝の声です。――九州の大学へ娘さんを送り出したところ、コロナ禍で入学式も中止となり、不慣れな地で不安な1人暮らしが始まりました。そこへ、地域の配達員の方が、手作りのマスクと手紙を届けてくださったのです。温かい創価家族の真心に触れ、どれほど嬉しく心強かったことか、というのです。 御本仏・日蓮大聖人は仰せになられました。 「釈迦仏と法華経の文字とはかはれども心は一つなり、然れば法華経の文字を拝見せさせ給うは生身の釈迦如来にあひ進らせたりと・おぼしめすべし」(御書1122ページ) 聖教新聞の「文字」を通して、「太陽の仏法」は現代に蘇り、世界広布の大道は開かれました。その誉れの担い手こそ「無冠の友」の皆さまであることは、御聖訓に照らして、間違いありません。 次代へバトンタッチして、配達の使命を終えられても、生命に刻まれた栄光と福運は、三世永遠に消えることはありません。 無量の福徳を積みゆく使命深き皆さまであればこそ、無事安穏で、ご健康・ご長寿で、幸多き人生の道を、ますます賢く朗らかに歩んでいってください。くれぐれも疲れをためないよう工夫して、十分な睡眠を取ってください。愛する無冠の友の功徳満開の人生を、私と妻は、朝な夕な真剣に御祈念してまいります。 さあ、創立100周年へ、希望の大行進のスタートです。スクラム強く、誓願の出発をしようではありませんか! 私と共に! 全世界の同志と共に! 2021年 元旦 |