新たな力 2022年08月19日

共に動いて共に喜ぶ
新会員の宝友を大切に育成していくために、私たちが先輩として心掛けたい点があります。それは、「共に」という一点です。

「共に」という心と行動のなかに、日蓮仏法の真髄があります。師弟の本質も「共戦」にあるのです。御書には「喜とは自他共に喜ぶ事なり(中略)自他共に智慧と慈悲と有るを喜とは云うなり」(全761・新1061)と仰せです。

自分一人だけの喜びにとどまりません。自他共に喜び、智慧と慈悲を発揮することが、最高の喜びになるのです。
(『調和と希望の仏法』、89ページ)

幸福を「つかむ」信心
幸福は、他の誰かから与えられるものではない。自分の意志や努力とは無関係に、いつか突然やって来るのを待つのでもない。究極は、各人が、自分自身で「つかむ」しかありません。必ず「つかむ」ことができる信心なのです。

そして、三世に崩れざる真の幸福境涯を、自他共の胸中に築き上げていく。それが、創価学会の信心の実践です。
(『創価学会永遠の五指針』、38ページ)

師弟とは弟子の共戦
最初は“自分のための祈り”だったものが、そのまま“師と同じ誓願の祈り”へと発展していく。

それは「師匠に守られる弟子」から、「師匠と共に戦う弟子」への一大転換劇ともいえるでしょう。

これは、「超越的絶対者に救済を求める宗教」とは異なります。

「万人が民衆救済の慈悲(慈しみと同苦の仏の生命)の行動者」になるというのが、仏教の根幹の原理なのです。

「師弟」とは、目覚めた民衆の陣列を築く、師匠の「精神」と「行動」を共戦の弟子が継承していくことなのです。
(『調和と希望の仏法』、24ページ)

一家和楽を築く直道
私自身の体験の上からも、未入会の家族を持った方々の苦労は痛いほどわかります。

だからこそ、信心のことで、感情的になって争ってはならないし、焦ってもならないと申し上げたい。

御書に仰せの通り、誰か一人でも「仏になる道」を貫いて信心に励んでいくならば、それが家族への真の孝養の道となります。

信心をしている一人が、どこまでも家族を愛し、大切にしていくことです。家族に希望の光を贈っていく光源へと、自分自身を磨き「人間革命」させていくことです。

自身が「一家の太陽」となることが、一家和楽を築いていく直道にほかならないのです。
(『創価学会永遠の五指針』、17ページ)


10万人の誓いの友が集った「常勝関西大躍進大会」(2022年5月、京セラドーム大阪で)。関西中から新しい活動者が参加。「新しい力」が躍動し、新時代の“金字塔”を打ち立てた

時代は混迷を深めている。

「新しい人材」を育て、

「新しい力」すなわち「ニューパワー」を

糾合したところが勝つ。

『勝利の人間学』

現実に人を救えるか
どんなに歴史や伝統があっても、現実に多くの人々を救う力がなければ、それは、“生きた宗教”とは言えません。

現実に自他共の幸福を願い、周囲からの信頼を積み上げながら、人々の中へ、社会の中へ、わが信念と体験を生き生きと伝え広めていく「行動力」にこそ、「人間の宗教」の生命線があるのではないでしょうか。
(『調和と希望の仏法』、32ページ)

御書は生命を輝かす
たとえ難解に感じたとしても、広布の実践に励む中で、“分かろう”“分かりたい”と肉薄することによって、自身の境涯を開いていくことができるのです。

一節でもいい、一行でもいい、日々、御書を拝することで、自身の生命を最高に輝かせていくことができるのです。

たとえ絶望の淵に立たされても、御書を拝すれば、胸中に希望の太陽が昇ります。行き詰まった時にこそ御書を繙けば、何ものをも恐れぬ師子王の心を取り出すことができます。
(『信仰の基本「信行学」』、75ページ)

すがる信仰ではない
日蓮仏法は、何かにすがるような弱々しい信仰ではありません。

不撓不屈の信念で希望を引き出すのが、日蓮仏法の祈りです。この仏の智慧と力の源泉が、南無妙法蓮華経の唱題行なのです。大生命力を引き出せるかどうかは、どこまでも信心によるのです。
(『調和と希望の仏法』、71ページ)

「善縁」と繫がろう!
忙しくて、なかなか会合に出られない時や、思うように題目があげられない時こそ、気後れしたり、遠慮したりしないで、同志と連絡を取り合っていくことである。

少しでもつながっていこう! その心をもって、同志という善縁にふれていく中で、生命力が増す。ここに、何ものにも負けずに、成長と向上の青春を謳歌しゆく道がある。

新入会の友のニューパワーで、広宣流布、すなわち世界の平和と人類の幸福へ、朗らかにニューウエーブを起こしてくれ給え!
(『勝利の人間学』、203ページ)