真心が成長の源泉に
子どものころにきざんだ思い出は、生涯、鮮烈に心に残り、光を放っていく。その後の人生、生き方にも、深く、大きな影響を及ぼしていくものだ。
ゆえに私は、未来部の担当者の方々がどれほど大切であるか、と申し上げておきたい。高・中等、少年部の若き友に対しては、くれぐれも真心からの指導・激励をお願いしたい。
少年少女の心は、まことに多感である。それだけに、一時の感情で叱ったり、ウソをついたり、心にキズをつけてしまえば、取り返しのつかないことになる。反対に、多感な心にきざまれた真心の励ましが、どれほど生涯の成長の源泉となるか。後継の育成にあたる方々は、この点を強く銘記していただきたい。
(『池田大作全集』第71巻、147ページ)
信心こそ育成の根本
未来部の育成は、信心が根本である。そしてまた、「勉学第一」「友情第一」「読書第一」「健康第一」「親孝行第一」である。
すべてをやりきるのは大変なことだが、信心をがっちりと固めていったとき、勉強も、スポーツも、あらゆる努力が全部、いかされていく。仏法に一切、ムダはないのである。
家庭にあっても、後継の子どもたちに、しっかりと「信心の宝」を継承していくことだ。その地道な実践のなかに、広宣流布の前進があり、令法久住の確かな道が開けるのである。
(『池田大作全集』第96巻、323ページ)
まず大人が成長を!
学校の先生もそうだろうが、子どもたちを育てる上で大切なのは、大人自身の人間性である。魅力である。
「教員は学生の僕であれ」と言われる。ますます「教員の質」や「学生へのサービス」が問われている時代だ。
まず大人が成長!――これを心に刻まなければならない。
そして若き友の努力を讃え、よい点を見つけ、ほめて伸ばすことだ。時には「漫才」をするようなつもりで皆を楽しませながら、また、深き「哲学者」として大確信を語りながら、正義の心、正しい価値観を教えていくことだ。心から信頼される存在となっていくことである。
(『池田大作全集』第98巻、432ページ)
未来のために残すべき最高の財宝は、人材である。
その人材を見つけ、育てる人こそが、真の人材である。
そして、人を育てることによって、自分自身が磨かれ、成長していくのである。
「随筆 新・人間革命」

未来部の代表が参加した全国未来部夏季研修会(2019年8月、東京・八王子の創価大学で)。池田先生は「皆さんは私の命です。学会の宝です。人類の希望なのです」と万感のメッセージを寄せた
若き生命は感じ取る
学会には、一人ひとりが自身の可能性に目を開き、確かな自信と安心と希望を得ていくための豊かな励ましがある。
そして、人間として生きていく上で、最高の誇りと自覚をもつことができる哲理がある。
「生命とは」「使命とは」「師弟とは」――担当者が真剣に語る言葉は、たとえその時は全てが理解できずとも、若き心の大地に成長の種として植わり、信心の根を深く広げていくものだ。
何より、子どもたちが鋭敏な生命で感じ取っているのは、大人たちの「自他共の幸福を目指す真剣な生き方」であり、「正義の道を貫く勇気と信仰の喜び」であろう。
(『随筆 民衆凱歌の大行進』、53ページ)
無名の英雄に最敬礼
どんな有名人よりも、華やかな立場の人よりも、未来部のために、陰で支えてくださっている方々が尊いのです。
高等部の諸君も、そういう先輩を尊敬できる人になってもらいたい。
創価学会は、そういう人たちがつくったのです。愚直のような先輩たちや両親であるかもしれない。しかし、その人たちが、人のため、社会のため、平和のために何十年も活動してきたから、今の世界的な創価学会がある。その無名の英雄を、日蓮大聖人は菩薩と言って、讃えておられる。
社会的に成功し、名声を得ることは、一つの現象としてはよいことです。しかし、無名であっても、人々のために尽くす人生が尊い。自分自身で「だれも評価はしてくれないが、自分は満足した」と言える自分をつくれた人が、本当の大勝利者なのです。
(『青春対話1』〈普及版〉、27ページ)
子どもたちのために
子どもたちは皆、かけがえのない「可能性」をもった「宝の人々」です。一人一人が、「希望」の存在です。生命には「希望」が、いっぱい詰まっている。
もしも、子どもたちの中に息づく「希望」を、傷つけたり、窒息させたりするようなことがあれば、それは大人の責任ではないだろうか。
私は、そういう現代の社会を見るにつけ、心が強く痛みます。
子どもたちの瞳が、恐怖や、悲しみの涙で曇るのを見たくない。そういう社会は、絶対に変えていかねばならない。
(『池田大作全集』第62巻、507ページ)
陰徳が無量の福徳と
自身も、仕事や生活の課題を抱える中での奮闘は、言うに言われぬ苦労の連続であろう。しかし、その真剣な姿を、未来部員はじっと見ている。誠実の言葉は、必ず命の根底に刻まれていくものである。
私のもとにも、「あの先輩の励ましがあればこそ、今の自分があります」等と感謝の声が寄せられる。派手な喝采など、なくとも構わない。人に尽くした「陰徳」は、必ず「陽報」となって、汝自身の生命を荘厳し、一家一族を無量の福徳で包んでいくからだ。
(『随筆 対話の大道』、95ページ)
|