信越 不撓不屈の大城を
21年04月15日


長野研修道場での青年部代表研修会で、参加者に温かな眼差しを注ぐ。この折、“「信濃ここにあり!」で勢いよく進もう”と望んだ(2008年8月)

“水の信心”で信行学の実践を――松本平和会館の自由勤行会で同志を励ます池田先生(1982年8月、松本市内で)

長野県総会で“信州人の伝統である「負けじ魂」を発揮し、勝利の人生を”と念願。4・26「長野の日」の淵源となった(1974年4月、長野市の長野市民体育館で)

威風堂々たる人材城を築きゆけ――池田先生が長野研修道場でしたためた「人材の城」(1984年7月)

新潟広布35周年を記念する新潟県総会・音楽祭で、池田先生が新潟県旗を手に。緑地に稲穂があしらわれ、中央には朱色で「勇気」の文字が(1991年5月、新潟池田文化会館で)

“白鳥の湖”として知られる新潟の瓢湖(ひょうこ)で、居合わせた同志一人一人に声を掛け、激励する池田先生(1983年4月、現・阿賀野市で)

池田先生が新潟の長岡会館を初訪問。豪雪地帯の労苦をねぎらいつつ、“厳しい環境でこそ強き人が育つ”等と期待を寄せた(1985年9月、長岡市内で)

1983年に新潟の同志に贈られた「勇気」の二字。同年4月に池田先生が出席した新潟県総会が、4・14「新潟県の日」の淵源に
信越の友に贈った指針
正義を貫けば、迫害される。これが歴史の常だ。

その時に、知らん顔して戦わない。自分だけ、いい子になる。そういう、ずるい、だらしのない人間が、どれだけ民衆を苦しめてきたことか。

だからこそ私は、若い人を育てたい。青年から革命するのだ。

欺瞞と嫉妬と忘恩をはねのけ、同志のため、後継の友を育てるために、私は生きて生きて生き抜いていく。これが今の決心だ。

信越は、青年革命の模範となっていただきたい。

真実の師弟の歴史を叫ぶのだ。永遠に増上慢とは戦うのだ。それが日蓮大聖人の教えであるからだ。

信越の同志は、粘り強い。威張らない。傲慢がない。そこに偉大さが光っている。

晴れの日も、吹雪の時も、何があっても変わらずに、信義の道を誠実に歩んでいる。

恩師・戸田先生は、よく言われていた。

「仏勅をこうむって戦えば、仏の使いである。仏の使いは、仏と同じ力をもっているのである」

信越の皆さんは、この大確信に燃えて、わが生命の偉大なる仏の力を発揮し、広宣流布の師弟の大道を歩み抜いていただきたい。

戦おう! 正義を護るために。

いい人生を生きよう。私と一緒に!

「長野を見よ!」

「新潟を見よ!」

そう満天下に示しながら、堂々たる人材城を築いてもらいたい。

時は今だ。正義が勝つ新時代を開くのだ。「信越よ立ち上がれ!」と万感の期待を込めて叫びたい。