
「北海道は、創価の連続勝利の光源である」――師の期待を胸に、全道の同志が希望の太陽と輝く(1994年8月、池田先生撮影。別海町の北海道研修道場で)

池田先生が厚田の戸田記念墓地公園を訪問(1992年8月30日)。同園の開園15周年を記念する勤行会に出席した先生は、この日、北海道文化会館で小説『人間革命』第12巻「寂光」の章を書き上げたことを紹介した。この厳粛な師弟の魂に連なることこそ、北海同志の最大の誇りである

1983年8月、札幌の真駒内屋外競技場で行われた第3回世界平和文化祭。初代会長・牧口先生、第2代会長・戸田先生が育ち、若き池田先生が「小樽問答」「札幌・夏の陣」「夕張炭労事件」で正義と勝利の旗を打ち立てた北海天地に、新たな青年の陣列を築く文化祭となった

池田先生ご夫妻が函館研修道場へ。この激励行で、先生は語っている。“北海道は、牧口先生、戸田先生、なかんずく第三代の私が心血を注いで築いた大地だ。だから「三代城」なんだよ”(1991年8月)

1969年9月、池田先生は「夕張炭労事件」の舞台となった空知地方へ。岩見沢・美唄総合ブロック合同指導会で“信心即生活の模範の実証を”と呼び掛けた

1982年6月、池田先生が札幌で揮毫した「栄光」の大書。先生は折々に“愛する北海天地から栄光の未来を!”と
北海道の友に贈った指針
「妙法」の祈りは、自身の“生命の変革”をもたらし、その変革は、必ず“周囲の人々や生活環境の変革”へと連なっていく。
地域の発展も経済の好転も、“自分にはとても手が出ない”と思われるような願いであっても、わが「一念」から発する「信心」の力用しだいによって、やがて厳然とかなえられていくことを、強く確信していただきたい。
その信力・行力に燃えたつ人が、地域に一人、また一人と増えていく時、目には見えなくとも、偉大な仏力・法力の働きを引き出し、大勢の人々をも守りゆくことができる。
とくにリーダーに、その「強盛な祈り」と「確信」があるかどうか。
何ものにも屈しない「不敗の一念」で戦うかどうか――そこに「前進」か「後退」か、「幸福」か「不幸」かの大きな分かれ目がある。
皆さまは最高の仏法を持った「広宣の勇士」である。
信心には“中途半端”はない。“強い”か“弱い”か、どちらかである。
そして、仏法は“勝負”、すなわち“勝つ”か“負ける”か、どちらかである。
ならば、どこまでも徹して「強信」であっていただきたい。そこに一切を開く“急所”がある。
どこまでも朗らかに、また朗らかに、「境涯の王者」として、一切を大福運、大功徳へと変えゆく、「強信」を貫いていただきたい。
「鉄の団結の創価家族」として、悠々と、今世を、また三世を、真実の「仏道修行」のため、真実の「広宣流布」のために、ともどもに仲良く歩んでまいりたい。
そして、世界のだれよりも「楽しい人生」「有意義な人生」を送っていただきたい。
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